2011年03月21日

光の碇

あれから、10日が経つ。

テレビとしては使うまい、と思っていたテレビ機能付きパソコンやったけど、迅速な情報入手も必要やと判断して、一昨年の暮れに購入してから初めて、その機能を使うことにした。

少年とおばあちゃんが瓦礫の下から10日ぶりに救助されてる生中継を見て、ヘリコプターが上がる瞬間に涙が出てきた。でも、飛び立っていくヘリの背後に映る町の風景は、あまりにも、あまりにも悲惨やった。被災地の様子や、被曝に関するニュースがどんどんと具体的に伝わり始め、胸が張り裂けそうな時間が続く。

東京にもじわじわと押し寄せてくる放射能の恐怖がだんだんリアルに感じられ、徐々に揺れが強くなるタイプの余震があるたびに、思わず玄関に走ってドアの鍵を開けたりする。あの日からずっと揺れが続くせいか、なんとなく、眩暈なのかホンマの地震なのかがときどきわからんようになる。コンサートも中止、花見も中止のお知らせが相次ぎ、デパートもスーパーも休業したり営業時間が短くなっている。

・・・あかん!こんなんに飲み込まれたらあかん!!と、突然思って、地震の前に通販で購入し、聴かずに放置されていたCDを、日の光が明るいうちに聴いた。ジョージ・セル指揮/クリーヴランド管弦楽団の1970年録音・ドヴォルザーク、交響曲第8番。

・・・こんなに音楽が魂に染み渡ったことはかつてなかったわ。涙と鼻水が溢れて、えらいことになってしもた。

ドヴォルザークの8番は、すでにケルテス/ロンドン交響楽団ので聴きなれてた曲やったけど、このセル盤の美しさはものすごかった。なんで早く聴かへんかってんやろ、と思ったけど、やっぱり、全然音楽を聴く気にならんかったのよね。息を詰める緊張が続いてて、それが今、久しぶりに浴びるように音を聴いたもんやから、暗い洞窟からいきなり外へ出たみたいになった。

目が眩むような光が降り注ぎ、森がさざめき、喜びに包まれて歌いながら大空を飛びまわる鳥たちの様子がありありと浮かぶ。故郷の美しい自然を愛し、祖国のこれまでの苦難を深く偲びつつ、全てを包み込む気高くあたたかいメロディーの奔流。19世紀のボヘミアの様子は全然知らんけど、ドヴォルザークの祖国への愛と自然賛歌、神への信仰が痛いほど伝わってきた。

それで思ったことは、唐突かもしれんけど、やっぱり「光」に繋がってなあかん、ということ。しっかりと「光の碇(いかり)」を心の底に下ろして、絶対に離れんようにせなあかんねん。そして、深く広大な光の海底にしっかり繋がってる感覚。そうせな、心は簡単に漂流し、「恐れ」という闇の波間で転覆させられてしまう。

ドヴォルザークの祖国愛は、ものすごい「自然への愛」と「神への感謝」とひとつやから美しいんやと思う。間違っても、己の力を誇示せんがための祖国愛なんかとはちがう。恐怖に怯える祖国防衛のナショナリズムなんかとは全く違う。ドヴォルザークの美しい音の流れの中には、いつも素朴で謙虚なもんを感じる。すごく、光に繋がってる感じがする。「愛」と「謙虚」と「光」はひとつやわ、と、ドヴォルザークを聴いているとそんな意味不明なことですら、完全に納得できたような気になる。

それで、すっかり生まれ変わったような気になって、またテレビを見始めた。そしたら、今、「被災に負けずにがんばろう!」という文脈の上で、巷の言説で溢れてきている「日本を愛する」という言葉が、私の中ではっきりイメージできた。「日本」を愛するというのは、今まで傷つけ、裏切ってきた日本を・・・つまり、今まで傷つけ、裏切ってきた他ならぬ「自分」を認め、赦し、癒し、愛する、ということなんやって。

まず、思いっきり泣きたい。それで、「ごめんなさい」って自分に言おう。色々な部分が自分にはあるのに、都合の悪い部分やイヤな部分を切り捨てて、フタをして、見ないふりをしてきた。怖くて虚勢を張って嘘ばっかりついてきた。そういう自分に、これを機にホンマに「ごめんなさい」をして、バラバラになった自分を全部抱きしめるとこから始めよう。

原発のことも、地震のことも、津波のことも、そして以前からズタズタにしてきた日本の風土に対しても「ごめんなさい」から始めて、全部を抱きとめるんや。それで、ドヴォルザークが祖国ボヘミアの自然をあんな風に愛したように、私も日本の自然の美しさを、もう一回本気で愛して感謝して、どうか心を入れ替えますから戻ってきてくださいと懇願するように泣いて、去ってしまった愛する人が再び完全に立ち現れてくれますようにと、心の底から改心してありありと目に浮かべるんや。

そういう気持ちで、これからは生きていきたいと思った。もう、3・11以前の時間には絶対に戻れへん。復興後のヴィジョンも、原発反対運動も、それ以前とは全然違う、溢れるような愛と光に基づいてやっていかなあかんと思う。恐怖と怒りは認めて手放すんや。みんなつながってる。原発も地震も津波も、日本も日本政府も地球も全部私や。避難所の生活を余儀なくされている人も、危険と隣りあわせで作業をしている人も、大事な人を失ってしまった人も、無念にも亡くなってしまった人も、全て、みんな私や。全てを抱きしめて、激しい痛みを恐れずに感じて、そして癒して、心の底から「ひとつ」であったことを確信して、真剣に、祈るんや。

それを忘れんようにしよう。もし忘れそうになったとしても、今度はすぐに気付いて、赦して、またすぐにひとつであることを思い出し、祈り、そして具体的に導かれれば躊躇せずに、行動に移ろう。

怒りじゃなく、光の碇をしっかり心に下ろすんや。



posted by 笹野みちる at 05:48| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

東京、その後。

地震から二日経った。

余震がずっと続いてる。特に地震当日の夜は、けっこうグラグラしてた。例の知人は、渋滞でかなり待たせてしまったけれど、なんとか無事に車で迎えに行けて、うちに泊まってもらった。その日はさすがに気になり、いざとなったとき用に山登り用のザックに非常用のあれこれを詰め、グラっとくるたびにものものしく映し出される震源地と震度の速報が相次ぐUストリームのニュースを流しっぱなしにして、服を着たまま布団に入り、ほとんど寝られんまま朝を迎えた。

ほんで翌日、ようやく動き始めた朝イチ(といってもけっこう遅くなってから動き始めた)電車に乗って出かけ、夕方に帰宅。土曜の午後やというのに、恐ろしく車内が空いている。普段なら賑やかなはずの駅のホームにも人があんまりいない。やっぱりみんな、なんとなくでかけるのを控えていたんやと思う。

そして二日後の今日。日曜日。ものすご天気いい。しかもめちゃあったかい。今度は原発のニュースがひっきりなしに流れてくる。そのせいやろか、ものすごい天気ええのに、いつもならあちこちからパンパンと聞こえてくるはずの布団干しが全然みあたらん。それどころか、洗濯物をベランダに干している家も、ひとつもない。ホンマに、みんなそないに慎重なんやろか?と思いながら、私は溜まっていた洗濯物を今日中に乾かしてしまいたかったので、少し躊躇しながらも、派手にベランダに干した。

その後、買い物にでかけると、スーパーではカップラーメンとかトロロ昆布(放射性ヨウ素の害を回避するために事前に摂るのがいいとされている食品が、昆布。詳しくはこちら。)とか、ガスボンベとかトイレットペーパーがほとんどなくなってた。一応、最低限の備蓄は必要やと感じて、私もせんべいやらお菓子やら昆布やらワカメやらあれこれ買いこんで帰ってきたら、輪番停電が決定したというニュースが。自分の地域もしっかり入ってる。じわじわと不安が東京にも拡がって来ているのを感じてたら、友人からのメールで、ものすご感動するブログを教えてもらう。泣けた。もうツイッターとかで知れ渡ってんのかもしれんけど、もしまだ見てへん人は是非読んでみて。

Chikirinの日記(2011-03-13 03.11 大惨事とミラクル)

私も、地震当日に、「『あたたかい気持ち』を抱きながら過ごそう」なんて思わず書いてはいたけど、こういう記事をみてると、ホンマに実際のものすごい状況の中で、それを実践してる人たちが少なからずいてはるんやってことに感動してしもた・・・残ってるおにぎり、誰も取らへんねんで・・・きっと、もっともっと大変な状況の中でも、助け合って、譲り合って、誰のことも責めずに、一瞬一瞬できる事を懸命にやったり、一瞬一瞬真剣に祈り続けたりしてる人たちが今もいっぱいいてはるに違いない。私は東京の一角で、ほとんど被害は受けずに済んでるけど、たとえ今後何が起ころうとも、こういう気持ちは大事にせんとあかん、と、今再び思ったよ。

みんな、ものすごがんばってるんや・・・涙でる。何もでけへんことない。むちゃむちゃ身近なところから、あたたかい気持ちでいてるだけでも、絶対、どっかでめちゃ大きい助けにつながるって信じるで、私。

・・・さてと。

さっそく明日の停電に備えて、ちょっとおそなったけど、今からカレーたっぷり作りますわ。ちゃんとお野菜しっかりいれて。カレーやったらパっと食べられるもんな。
posted by 笹野みちる at 23:59| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月11日

自宅にて

まさに、14:45分過ぎに東京郊外の家を出て、でかけるところでした。

ちょっと遅刻しそうやったから、ダッシュで家を出て、表通りに出る石段を駆け上がっていると、石段横の古いビルの窓が妙にビリビリ揺れている。「強い風吹いてんなぁ。それにしても風を感じひんけど。なんでやろ?」と、自分が猛烈な勢いで階段を駆け上がっているから、それが風ではなくて地面が揺れているとわかったのは、石段を上り終えて通りに出たところだった。足元が大きくふらつく。人々が路上でざわめいていて、ビルから人が駆け下りて道に次々出てきた。そのときに、ようやく大きな地震なのだと理解した。東京も、震度5弱。

そして、電車は完全にストップ。ケータイも不通。ケータイメールも不通。そのまま自宅に引き返し、自宅で今も待機しています。ちょっとだけ、部屋の物が落ちたりしてたけど。今も断続的に余震がずっと続いている。

テレビがないから、ラジオやUストリームの映像で状況を見ているけど、本当に大変なことになってる。明日になったら、もっともっと状況がわかってくるんやろけど、とりあえず今は、不必要なパニックや恐れの感情には絶対に巻き込まれないようにしよう、などと思う。どんなときでも、本当にどんなときでも、「あたたかい気持ち」を抱きながら過ごそう、と思う。信頼感、祈り、と言い換えてもいいかもしれないけど。それさえ絶対に守り続けられれば、後はその都度、絶対に必要な動きがとれる。そう導かれるはずやから。

東京でも帰宅難民の人たちが大変やねん。さっそく今、ここから少し離れたところの会社で、足止めをくっているという知り合いから連絡あり。迎えにいって、泊めてあげることに。

私は大丈夫です。渾身の力で、あたたかな気持ちで、祈っています。

とにかく今は、知り合いを迎えにいかなくては。







posted by 笹野みちる at 20:38| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

Sound Summit 2011・クラシックブーム・diversityとdivinity

・・・で、さっそくですが、下記の記事にも書きました福岡でのライブ詳細、出ました!!(←開いたらPC用とケータイ用と両方選択できるようになってます〜)

Sound Summit 2011”っちゅーイベントです。以下、サイト内の説明文より。

ゲイもビアンもノンケも、ひとりひとり、みんな違うからこそ大切な存在!−−−Sound Summitとは、年に一度、福岡のゲイ&レズビアン並びにセクシャルマイノリティーに理解のあるミュージシャンを中心に開催されるノンジャンル・ノンセクシャリティなライヴイベント。2002年にたった3組の出演者で始められたこのイベントも今年10周年。今や国内最大級のLGBTライヴイベントになりました。このイベントに参加されたみなさんが、それまでの自分では考えられなかった価値観を見出せること、「ひとりひとり、みんな違うからこそ大切な存在」このメッセージが、一人でも多くの方に伝わることを願います。

めっちゃええ感じのイベントやで、絶対。オーガナイザーのKUROさんとはメールのやりとりしかしてへんねんけど、これまためちゃええ感じの人やし。楽しみやねん。

今日から3月やし、5月なんてあっという間に来るでぇ〜。ぜひぜひGWは福岡・天神に来てくださいね!一応、ズボラなアタクシも、毎日ちびちびとギター練習してますのん。今まで弾いたこともない曲もいっしょけんめい練習中。ホンマ楽しみにしてて。ギターと歌と一緒に歌えるかどーか微妙やけど。(←アカンやんそんなん!)

いやしかし。

そういや、ついこないだ出たばっかりの『音楽で人は輝く』(樋口裕一著・集英社新書)はめっちゃおもろかった!なんの本かっちゅーと、クラシックの作曲家達の解説本。・・・ちゅうのも、昨年末から、ひょんなことをきっかけに、めっちゃクラシックにどっぱまってるワタクシですねん。

ひょんなこと、というのをもうちょい説明すると、実は、生まれて初めて年末に「第九」のコンサートに行く機会があって、なにげなく行ってみたん。ほんなら、自分でも驚くほどに感動してしもて・・・もう、第一楽章の最初の音がふわ〜って始まっただけで涙がウルゥ〜〜〜〜な状態に陥り、そこから最後までほとんど何かに憑依されたかのようにのめり込んで聴き入って、翌日からCDをネットで買いあさり、高校時代の音楽の授業中のレコード鑑賞で聴いて感動したドヴォルザークの「新世界より」なんかも思い出し、すぐ年明けにまたコンサート行ってしもたり(年末は「第九」、新春は「新世界」なのね、世の中…)、元クラシック少女ありちゃんに色々教えてもらったり、と(←あ、その後お礼もせずにゴメンな〜〜〜めっちゃ聴いてます!ありがとう!ちょっと今度あったら熱くクラシック談義したいわっ!!>ありちゃん)、とにかくえらい勢いでクラシックを聴きまくってる日々なん。

なので、いまや私のiPodは、レディー・ガガやルーファス・ウェインライトやらにまじって、おびただしいクラシック(かなりの割合で交響曲やねんけど)が蓄積されてきてる状態やねん。発端はベートーベンの第九やったものの、やっぱり私、ドヴォルザークのメロディーにものすご惹かれるっちゅーことがわかってきてん・・・なんちゅうか、ドヴォルザークってかなりPOPなのよね。ものすごメロディーメーカーな上に、ボヘミアの哀愁とかアメリカ黒人音楽からインスパイアされたちょっとブルージーなものが見え隠れしたりとか、とにかく、ニクイほど琴線に触れるねん。

そんで、「新世界より」のいろんな指揮者・オーケストラのバージョンを聴きまくってるうちに、ケルテスっていう指揮者が好きになって、その人の振るドヴォルザークの交響曲全集まで買ってしまったりとか急激にマニア化してんねんけど(最近、ドヴォルザークの交響曲第8番に痺れてんねん!)、そこから徐々にクラシックの歴史とか、作曲家の人間関係とかに興味が出てきてたとこやったから、上にあげた本がめっちゃおもろかったん。しかも、その本がちょうど、19世紀後半から20世紀初頭の、いわゆる「後期ロマン派」っちゅー、ドヴォルザークとかがちょうどそこに当たる時代の解説本やったからバッチリやってんよ。

いやぁ〜、ホンマにおもろかったなぁ。(まだ私が足を踏み入れてない)ワーグナーと、ドヴォルザークの師であるブラームスは、当時、双方の派閥で激しく叩きあってたらしいねんけど、その具体的なエピソードとか、(私はどっちかいうたら完全にブラームス派が好きなはず、と、まだワーグナー界隈を聴いてもいないうちから確信してんねんけど…)ブラームスと、ブラームスの師であるシューマンの妻=クララ・シューマンの感動的なプラトニック・ラブの話とか、それがどのように曲に反映されてんのか、とか、ものすご興味深い話がわかりやすくてんこもりで、クラシックの中でも後期ロマン派あたりが好きな人、しかも、クラシック初心者には激しくおすすめな本やでぇ。

しかし、なんでこんなにもクラシックに今、ハマれたんやろ?考えてみれば、昔からけっこうクラシックには触れてきてるはずやねんけど、ホンマに「めっちゃええわぁ〜!」と思えたんは初めてなんちゃうやろか。それは、もしかしたら私だけの偶然のマイブームなんじゃなくて、時代の空気なんかもしれん、とも思う。だって、よう考えたら「のだめ」あたりからけっこうブームやんか。もっと言うなら、ここのところの色んなニュースを見ても感じるけど、虚飾やウソが剥げ落ちて、本来そこにあった真実が求められる、表れる、という流れがあるやんか。そういうときに、そもそも崇高さや永遠というものに美を感じて生み出されてきた芸術であるクラシックが人の心に今ふたたび触れてくるのも、自然なことなんかもなぁ、とも思うねん。

あ、レディー・ガガの新曲!!・・・この人もついに本格的に活動開始や。今までも十分この人の存在から感じてきたことではあったけど、やっぱり聖なる世界に踏み込んできはったでぇ!!(歌詞に興味がある人はコチラ)・・・多様性と聖性、ちゅーのががっちりタッグを組んで時代の潮流になってきてるとしたら、めっちゃかっこええと思わへん??!!!ああ、ここらへんのことは、また別の機会にもうちょいよう考えて書いてみたいわぁ。。。
posted by 笹野みちる at 02:21| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月11日

わ〜、雪やね〜!&ライブの予告編。

あれれれれ〜、お久しぶりでございます・・・なんか、もう2月11日って早すぎるなぁ。私はといえば、年末グズグズしてた風邪もようやくここにきてすっきりしてきて、最近山に二日たて続けで登ったりして元気です。しかし今日はえらい寒くて、窓の外をみたらほんまに雪バンバン降ってるし!!

それで、突然ですけど、ものすご久しぶりに弾き語りライブします。

なんと、ゴールデンウィーク中の福岡・天神で。しかも、5/3(火)、4(水)という、ちょうど「博多どんたく」の日に、二日間にわたってやります!別にどんたくの一部として練り歩くわけちゃうよ!(^^)詳しい告知は3月に入ってからできそうやねんけど、日取りだけお伝えしときます〜。

そんなわけで、ここんとこひっさびさにギターの弾き語りをコツコツと練習中な日々です。

GWに、是非、福岡旅行はいかがでしょうか?
もちろん、地元の方は、ぜひぜひこの機会に見に来てくださいね〜!

詳しくは3月入ったら、また。(^^)

・・・福岡行くの、めっちゃ久しぶり。うれしいわ〜(笑)。どうしょう〜〜。(←ライブというより旅行気分がすでに盛り上がっている)





posted by 笹野みちる at 14:32| 東京 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月15日

ルーファス・ウェインライト!

今日はひさびさに、昼下がりから近場の公園などをブラブラ散歩。あーカエデの枝先、ふわっと先から色づいてきてて色っぽいやん!うぉードウダンツツジ、もうこんな真っ赤になってる!・・・とか思いながらあちこちの紅葉の美しさに浸ってたのもほんの束の間。天気はどんどん下り坂で、夕方からついに雨・・・。今日は思いっきり遊べるぞぉ!という日に限って、お天道さまに見放されるこの秋ですわ。

そやけど、ちょっと前に購入したiPodに、ついこないだ、いろんな音楽をてんこもりに取り込んで、どんな気分のときにもかなり対応できるもんに仕上がってきたので、そんな中からこんな雨の日には、ルーファス・ウェインライト!!・・・いや、実は、7年前に既に手にしていたCDを、ず〜っとほったらかしにしてて、今になって聴いてみて、最近どっぱまっています。音楽って、ホンマに出会いやね。(どんだけ運命論者やねん、私…)

ショーン・ペン主演の映画"I Am Sam"のサントラ(全曲ビートルズのカヴァー)は好きでめっちゃ聴いてて、その中の"Across the Universe"を歌ってるのがRufus Wainwrightってのは知っててんけど、実は私、「いつか聴くことになっているCDリスト」っちゅーのが手元に結構あって、一生かかってそれらを消化していく予定やねんけど、その中のひとつが、この、ルーファス・ウェインライトの"Want One"ってCDやって、ま、iPod買ったお陰でよーやくその気になって、やっと聴けたっちゅーわけ。(ものすごい音楽の放置の仕方やな〜)

いやもう〜〜〜〜〜〜、めっちゃええなぁ。(;;)

ひねりの入ったポップさ(ビートルズの遺伝子かなり感じるし!)もええし、この"Want One"っていうアルバムのクラシックなアレンジの美しさ荘厳さもめちゃええねんけど、やっぱり、何よりもこの人の歌声はすごいなぁ〜と思う。なんか、ものすごぉ〜いこの人、音楽の響きというのを、細部の細部の奥の奥まで聴ける人なんやろなぁ〜。そんで、自分の声も、そういう風にすご〜く集中しつつもリラックスして聞いて音出してるんやろなぁと思う。歌うのが好きで歌ってる、というより、ホンマに「美しい響き」というものを聴くのが好きで、歌いながら自分の声の響きを受身でずっと聴いている、という感じ。それぐらい、どこを切っても「美しさ」がずっと途切れることなく、魅力的やねん。

しかも、ただきれいで美しい声というのとはまたちがう、う〜〜〜ん、強いていうなら、ディジュリドゥみたいな響きの声やねん!(どんな声やねん!て感じやね…)、一聴するとけっこうクセのある音やねんけど、聴いてるうちにその響きにトリコになって、ずっと浴び続けてしまいたくなる声っちゅーか、触れるだけで銅がパァっと金に変えられてしまうような錬金術めいた声というか・・・。まあ、かなり癒し効果のある、ちょっと神秘的な声なんよなぁ。

んで、後から知ってんけど、この人もまたゲイなんやて。妥協なく耽美的なゲイってやっぱステキだわ〜とか思ったり。とにかく、この人が感じ表現してくれている「音の響き=美」を、ただただ浴びるように聴けることに感動な秋の夜ですわ。ちょっと、マジで聴いてみて!"Want One"、ええで。

・・・あ、もちろん160GBのiPodには、レディー・ガガも入ってまぁす♪

posted by 笹野みちる at 22:43| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

角野恵津子さん、ありがとう。

早朝に寝ぼけて何気なくケータイを見たら、知人から、「角野さん亡くなった」と一言メールが入っていた。寝耳に水とはこのことで、数年前に病気してはったんは知ってたけど、もう完治したと思ってた。

EPOさんのブログ見て、ここんとこまた闘病中だったことを知った。

まったく、知らんかった。
ものすご親しい人以外には、誰にも言うてはらへんかったみたい。

角野さんらしいわ。またもう気ぃつこて。
アーティストを愛することが何よりも大好きやったくせに、
人から愛されることには不器用で、自分を愛するなんてことはきっともっと不器用で。

20年以上前から今に至るまで、あれやこれやあっても、ずっと見守ってもろてた。
たくさん、たくさん、インタビューもしてもろて、ライブにもよう来てくれはって、言うてくれたらご招待すんのに、「時間が空いたから」と、こそっと自腹でライブに来てくれたりする人やった。


「音楽とそれを紡ぐ人たちを愛さずにおられん人だったんだろな・・・片思いで終わらせたら罰当たるで」と、冒頭の知人からの言葉。

ホンマやなぁ・・・ちょっと痛い。

20年前は、さらさらと言葉に出来て即座に衝動を感じ表現できたことも、今は、そうそう言葉にできない。下手に表現するとウソになる。微妙な感じなんですよ。わからないんです。ごめんなさい。もうちょっと待ってもらえます?・・・って、今、角野さんにインタビューされたら、すごい、語れへんのに語りたい思いが溢れてきて、ちょっと涙ぐんだかもしれん、私。

いや、わかってんねん。
今日は、一日祈りながら心を込めて過ごすことに決めた。
角野さんがくれたもの、ちゃんと、今後の私の人生の上でお返しできますように、と。

角野さん、ありがとう。
ほんで、おつかれさまでした。
とりあえずは、ゆっくりよう休んで、神様に委ねて甘えてくださいね。



posted by 笹野みちる at 13:21| 東京 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月05日

ビッグイシュー、やらはるわぁ!

2個下の記事にも書いたけど、今回のビッグイシュー(146号)、めちゃよかったな。サルコジ大統領の奥様が表紙で、内容は「カミングアウト特集」ってのも、ええ塩梅やわ。レンジは広く、かつエッジが効いてて。カミングアウトしようかどうか、まさに今悩み中・・・って人には、この146号、ものすごツールとして使えるで!(ちなみに、よぉ〜く探してもらえば、私も今号のどこかに隠れています。・・・ササノを探せ!的に楽しんでいただければと(笑))

ちなみに、ビッグイシューの販売場所はコチラから調べられるみたい。なるべく販売者さんから買って欲しいけど、地方に住んでて近くに販売場所がない人は、5冊以上なら通信販売もしてくれるみたいよ。(←ただし最新号はアカンらしい)

posted by 笹野みちる at 00:09| 東京 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月29日

「朝日」・・・。

レディー・ガガにひっかけて、久々に「同性愛」について熱く語ってしもたとたんに、えらいもん見つけてしもた・・・。

砂川さんのツイッター見てビックリ。数日前に、こんな朝日の記事が載ってたんやね・・・。これ書いた記者、他にどんな記事書いてんにゃろ?と過去記事検索してみたら・・・納得。こういう落とし方のコッテコテな記事、今どき産経新聞や週刊誌の記者ですらよう書かへんのちゃうか。

しかし、つくづくこの手の薄っぺらいマチズモ礼賛主義者に言いたい。
「ゲイへの尊敬なくして真のマチズモ語り得ず」、と。
・・・って、私が言うのもなんやけど(*^^*)。

(細かく説明すんのもアホらしいほどやし興味のある人は文中のリンク先読んでね)


posted by 笹野みちる at 14:06| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月27日

さかなクンの次は・・・

またまたゴブサタです。

おはよー。昨日はよ〜寝たわぁ。ジメ〜っとした朝やけど、気持ちは爽やかな朝です。今朝は早く目ぇ覚めて、ちょっと勉強っぽい本読んで、コーヒー飲みたくなったから東チモールのコーヒー淹れて、友人手作りの梅ジャムつけてパン食べたら、さらにシアワセになって、なんか書きたくなってんの。梅ジャムのパンとコーヒーって、いっぺんに口の中入れたら、ちょ〜っと難しい感じやけど、でも、それぞれで味わったら、すごく美味しいねんよ!・・・そんなわけで、別にライブもなんもお知らせはないんやけどね。みなさん元気にしてはるやろか?

5月のライブ以来、私は相変わらず坦々と生きてますけど、さかなクンに続いて最近はレディー・ガガにはまってます。(なんとなく共通点あると思わへん?この二人(笑))

いやぁ、レディー・ガガ。・・・最初にくっきりその名を知ったのは、昨年のマイケル・ジャクソンの死後、色々なマイケルにまつわる新たなエピソードが世の中に溢れ始めて、実は彼がレディー・ガガをすごく評価していて、“THIS IS IT”公演にゲスト出演の打診をしてたっていう情報を知ったときからやねんけど、(つまり、ブレイク直後の売れ売れレディー・ガガの音楽や存在自体はそれまで全然知らんかった・・・んやけど、改めて彼女の曲聴いたら、確かにちょっと前から巷で結構流れまくってたわ、と認識)その後、ビッグイシューの表紙になったりもして、私も俄然興味が出てきて、色々調べはじめたんよね〜。

ガガのメロディーやサウンドって、相当80年代(ヒットチャートはイギリス勢席捲・ブラックR&Bな音楽ほとんど流行らず・基本立てノリ8ビートか元気なドスドスピコピコ16ビート、ニューウェーブ・テクノ・ディスコ大流行!)へのオマージュ満載で(20年遅く生まれてきてんのに、なんでアンタそんなに80年代なの?って感じやけどね)、リアル80年代な世代の脳をかなり刺激するのよね。ゆうても当時の私は80年代的なディスコ系には背を向け、U2こそ神!ノリの良さより志の深さやろぉ!てなもんを気取ってたんやけど、ビッグイシューのガガのインタビュー読んだら、なんと彼女もU2大好きでボノ褒め称えまくってんのよね。「彼は限りない博愛主義者よ」とか大真面目に言うてうっとりしてんの。80年代にそんなこと言うたら、「ダサ〜、ノリ悪ぅ〜」とか言われてたとこよ、ホンマ(涙)。それが、時代はどうよ今!? そこらへんがまさに2010年なんやな〜、と感動中の私・・・ええ時代が来たよ・・・(感涙)。

そんなわけで、彼女のサウンド自体は、私が80年代に背を向けていた部類のもんやから、それだけではファンにならへんかったと思うんやけど、Youtubeとかインタビューとかを見てるうちに、認識を改めまくり・・・彼女がピアノの弾き語りしてるとことか(この人の弾き語り、ものすごいハラ座ってて、ロックでかっこええのよねぇ!)、アホかと思うほどの奇抜な衣装着てても、自己顕示欲チックなもんを感じさせない、落ち着いた余裕みたいなんが醸し出てるとことか、ぶっとぶほどエロエロなプロモーション・ビデオでほとんど裸で踊ってても、全く男を欲情させない空気とか(彼女について語っている男達のヲタ話ブログなんかに出くわすと、強烈なエロさを目の前にしているハズが、なぜか萌えない自分にすごく混乱していて、その正直な感性に爆笑!(笑))、つまり、この人はなんて素晴らしい、真のアーティストなんやろう!!と、確信するに至ってきたん。そういうのって、狙ってできることでもなくて、なんていうか、持って生まれたギフトっちゅーもんがあんのよね。シュッとしてんのよね。関西弁で説明しきれるもんでもないけど。

極めつけには、彼女がバイセクシュアルを公言していて、ものすごいゲイフレンドリー・・・ゲイフレンドリーという言葉すら超えて“ゲイ信奉”みたいなとこすらある・・・という立ち位置。ここらへんのことを知れば知るほど、ホンマにこの人は凄いな〜と思うねん。

なんちゅーか、ここらへんからはむっちゃ説明すんのが難しいわぁ。ちゃんとした人がガガとセクシュアリティについて大真面目に本でも書いたらええんちゃうかと思うんやけど・・・ようするに、「同性愛者の運動」の領域にもかなり影響を及ぼすことになる人なんちゃうか、という予感がして、同性愛運動の歴史を塗り替えるような、非常にエポックメイキングな存在になる人ちゃうか、とすら思うんですわ。

私のむっちゃ勝手な印象やねんけど、色々な国で毎年行われてるセクシュアル・マイノリティーのパレードとか、当事者達がすごいエロエロでほとんど裸で踊り歩いてるやんか(まあ、日本では最近裸で踊らんようにって一応自主規制してるみたいやけど)。あれはなんでかっちゅーと、基本的には「性を含む身体」をもっと社会の表面の明るみに出すことによって、隠蔽され固定化され続けた偏見をぶちやぶるでぇ、社会に操作され続けた身体を自分に取り戻すでぇ、みたいなノリがあるのよね。みんな(自分も含めて)良識ぶってっけど、そんな「良識」の中には、めちゃめちゃ固定化された偏見が巣くってんねんでぇ、その偏見が差別を生むんやでぇ、そやし、もっと明るいとこで見つめてやぁ〜!ほら!こんなんもあんなんもあるんやでぇ!性は色々やでぇ、身体は誰のものでもない自分のものやでぇ、隠す必要ないでぇ〜、ハッピーやでぇ!・・・・みたいなことやと思うねん(むっちゃ乱暴な説明でゴメンナサイ)。

で、西洋社会における同性愛運動って、突き詰めれば「キリスト教との対決」になっていくとこがあったと思うねん。だって、聖書で同性愛は神から禁止されてるわけやしねぇ。生まれつきそうなだけやのに、神から憎まれる存在やっちゅーわけやから。その結果、どうも同性愛差別を打ち破るためには、いわゆる形而上学的な「聖性」とか「神聖」というもんを否定して・・・つまり「神」を否定して、「己の身体」の価値を再認識して、そこへ回帰しようという運動は、そら起こるわな、とは思うねん。体がなんであかんねん!?体は美しい!性は素晴らしい!という自己肯定の運動ね。だから、パレードではエロい身体というものが明るく自信満々にアピールされてきたわけ。

やねんけど、そのかなぐり捨ててしまった「神」。そこから派生する、「聖性」とか「神聖」・・・これが問題や。これがなくて、ホンマの意味で人間は生きていけるのか、という問題やねん。

もう、ここらへんになってくると、説明能力を超えるから結論だけいうと(笑)、ようは、「従来のキリスト教的な教義の上での『神』に無理があるだけで、神は存在するし、聖性や神聖も、別にキリスト教と妥協したり戦ったり余計なことせんでも、最初っから世界に満ちてるんちゃうの?」っていう気付きが、ようやく世の中で口の端にのぼり始めたんちゃうか、ということやねん。

で、こっからは私の妄想かなり入ってるとは思うけど、実は皮肉なことに、同性愛者達の只中で、誰よりも早く、新しい「聖性」や「神聖」への感性があちこちで醸成されてきた部分もあると思うねん。体や〜!性や〜!とか言うてはきたけど、既存の宗教的コミュニティーから切り離されて、自分達の世界を生きてきてたわけやから、ある意味、自由で正直な感性、感受性があるわけ。・・・それがキャッチする「聖性」「神聖」というものは、必ずあったはずやねん。

・・・ここで話がガガに戻るねんけど、彼女はまさにそういうことを、つまり、“聖性”と“性(身体)”の関係を“同性愛”というモチーフを使って鮮やかに反転させることによって、超強力な“スピリチュアリティー”の存在を圧倒的にポップなやり方で世の中にアピールしはる人なんちゃうかと思うねん。そして、世の中もそういうテーマに、かなり自然に共感してしまうんちゃうかと・・・そらもう、眩しいくらいの「聖性」なんちゃうかと。一番最近の『アレハンドロ』っていう曲のビデオもまさにそれで、かなりエロ凄いねんけど、テーマはものごっつ深遠やしね(もう、細かいこと説明すんの疲れたから、興味あったら発言とか調べてみて〜!)。そしたら、最近、次のアルバムは「宗教がテーマになる、シリアスな作品」やっていう本人の発言も出てきた!こら、やらはるで。やってほしいなぁ〜ガガ!・・・大好きです!(笑)

というわけで、最近、ホントにガガ大好きな私です。来年あたりのワールドツアーで日本に来ることあったら、さかなクンのかっこしてライブいこかな〜♪

・・・うわっ!もう昼過ぎてる!!(笑)


※追伸
そういや、7/1発売のビッグイシューは、なんと、「カミングアウト特集」やでぇ〜!

posted by 笹野みちる at 13:27| 東京 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月06日

「大好きです!」

GWも終わっちゃいましたね〜!
火曜日の温泉ライブ、来てくれはったみなさま、ホントにありがとうございました。

ライブ後に、外湯の大幅な時間のズレをお詫びせねばと、すぐに新規投稿した町内会のブログでしたが、あれよあれよと独特のノリでコメントが盛り上がりはじめて、うれしくなって再び自分もコメント参加してしまいました。(参照


・・・なんか、「大好きです」って言葉、すごくステキなんやもん(笑)。「好きです」でもなく、「大好き」でもない、「大好きです!」の感じ。この絶妙なあけっぴろげ感。止められない感じと、奥ゆかしさ。その絶妙なバランス・・・。

ブログのコメ欄に「大好きです!」リレーがはじまって以来、もはやその対象が町内会バンドであるとかないとかを超えて(笑)、ただただ「大好きです!」「だいすきです!」、という言葉のリフレインが眩しくてクラクラしています・・・これ歌になりそやな〜。ちょっと練ってみよかな〜!?(笑)



そんなわけで、重ね重ね、ありがとうございました。

・・・『大好きです』、しばらく温めてみることにします!(笑)


posted by 笹野みちる at 23:57| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

明日(5/4)のお昼、吉祥寺で会いましょう!

早いわ・・・もう明日やって!

京都町内会バンドの温泉ライブ(お湯加減、楽しみ♪)、来てくださいねー。
天気も、気温も、ええ感じみたいやし(^^)。

みなさんは連休、どうしたはりました?私は近所にちょろっと買い物にいったぐらいで、あとは、『オルランド』と『リバー・ランズ・スルー・イット』(久々に観た!)のDVDを借りてきて、鑑賞。

『オルランド』は、想像以上にめちゃめちゃよかった!中世イギリスの貴族オルランドが性別を変えながら400年生きる話。「悟り映画」やね、ありゃ。意表をつくキラキラリン・・・なエンディング、最高でした。うれしくて涙出た。ヴァージニア・ウルフ原作のエンディングはだいぶ違うみたいやけど。原作にもトライしてみっかー。

『リバー・ランズ・スルー・イット』は、かなり久々に見直して、また印象が少し変わった。自分が歳とったせいもあるやろけど。これもまた「悟り映画」やね。『オルランド』が“ぶっとび悟り”なら、『リバーランズ〜』は“わびさび悟り”っちゅー感じ?(最終的には一緒、なんやろけど)

いやはや、両方続けて見れてよかった・・・すごいGWの幕開けでしたわ。そうこうするうちにGWも終わりに近づいてるけどぉ(涙)。

とにもかくにも、4日、町内会のライブですもんな〜。
ぽか〜んと、ふわ〜っと、ばっしゃーーーーーんと、歌いたいです。

楽しみ。楽しみにしててくださいね!お待ちしております。

posted by 笹野みちる at 00:50| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

あけましておめでとう!

はやかったなぁ、去年は。

私は、KCBのブログにもちょろっと書いたけど、
昨年に引き続き、山に登って、初日の出拝んできました。
さっむさむかったけど、きれいやったなぁ〜。
今家帰ってきたところやから、まだ写真もなんも取り込めてへんの。


今年は、「昨年以上のものすごい変化の年になる」とか、
色々なとこで言われてるけど、
その変化の質が、
「やっとスッキリできるわ〜」的な、
余計なもん脱ぎ捨てておひさまにピカーっと照らされて、
ええ空気胸いっぱい吸えて・・・みたいな、
そんなワクワクしたものになればええな〜、と思います。
世の中も自分も。

なにげなくても、なにしてても、なにもしてなくても、
あたたかくてシアワセ♪そんなんがいいな〜。(^^)

みなさまにとってもよい1年、素敵な今こことなりますように!

あけまして、おめでとう!




posted by 笹野みちる at 16:39| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

ほぼメリークリスマス、ですね。

うわ、久しぶり。みなさん元気ですか?

私は、明日ホムパで友人がドドっとくるので、カレーを仕込んでいました。やっと下ごしらえが出来た。有機栽培の玉葱5個、1時間以上炒めました。

炒めてる間ヒマなので、ビール(厳密にはビールじゃないの。ホップ2倍になってからおいしくなったやつ。すごい好き、この味。)の500ml缶呑みながら、つまみ食べながら、ポール・マッカートニーの「グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ~ベスト・ヒッツ・ライヴ(DVD付) [CD+DVD] 」の、CDを聞きながら、ときどき踊って歌って、ず〜っと玉葱炒めてました。いや〜、あいぶがったふぃーりんぐ、かっこええぞ!ぺいぱーばっくらいたー、最高!いきなりのぎぶぴーすあちゃんす、感動!ちょっと酔っ払ってます。

ここんとこ、ず〜〜っと音楽聴いてへんかったけど、先月からマイケルジャクソンにはまり、(映画、めっちゃよかったでぇ。その後ミーハーみたいにCD買って、まんいんざみらーを車の中で爆音でリピート再生、涙ぐみながら走ったり)その後、amazonの作戦にはまって、このポールのアルバムやら、U2のベスト盤やらを購入してしまい、久々に踊って歌ってます。

いや〜、玉葱炒めながらビール呑んでCD聴くのって最高ね。

そういや、ここに来て、ついにブルーレイを見たり撮ったりできるデスクトップのデカい液晶のパソコン買っちゃったい。防水耐衝撃のデジカメも買っちゃたし。来年は、堪能するで、このマシンで。

お!!ヘルタースケルターや!ポールがんばってんなぁ。

それではみなさん、よいクリスマスを。ラブ。

お!ゲットバック!かっちょえ〜!♪


posted by 笹野みちる at 18:45| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月06日

遅なりました〜・・・ありがとう!!

またまた更新遅れてしもて、もうすっかり世間は秋・・・。

拾得、無事・・・無事ではないけど(笑)、予想通り、怒涛の展開で終わりました。来てくれはったみなさま、ホンマにどうもありがとうございました!きょうちょばのブログでは既に結構盛り上がってるけど、MCで超ド級のネタも飛び出し(詳しくはしゃっちょうに怒られるかもしれんのでここでは言えません(笑))、とにかく、ものすごくハッピーであたたかいライブやった。

しかも、私はこの日、1週間前にひいた風邪があろうことかライブ直前に声帯を直撃、リハが終わった瞬間にほとんど声が出なくなるというアクシデントに見舞われたのでした。。。やねんけど、実は不思議なほど不安に襲われへんかった。ライブ直前にあれよあれよと、しゃれにならんほど声がでーへんようになったんやけど、能天気なほどに安心してた。

今から考えると、あれは天からの「テスト」やったなぁ、と思う。何が起ころうと、恐怖に飲み込まれず、とことん流れに身を任せて信頼し続けるというテスト。何を信頼するかといえば、それは、自分の一番深いところを通しての「神」とか「タオ」とか「守護霊」とか「天使」とか「観音様」とか、そういう存在への全幅の信頼、「お任せ」な感じ。そして、もちろん「バンド」への信頼・・・それが、わずかでもブレることなく、途切れることもなかった。ものすごく落ち着いて静かな「成るように成るわ」という気持ちやった。「投げやり」な気持ちは1ミリも湧いてけーへんかった。

それで、結果的にはもちろん、声が満足に出ずにお客さんやバンドには迷惑かけてしもたところも多々あったと思うけど、かつてないほど、私はおもろくて楽しくて、心が歌に乗りまくった。ちょっと密かに歌いながら涙ぐんだりしてた(笑)。

なんか、学んだよ。力を抜けば、助けてくれはるんやと。自分は独りでは生きてへん。見えるもん見えへんもん含め、おっそろしいほどたくさんの存在に守られ助けられながら生きてるんやわ、と。

むしろ、自分がやってることなんて、ほとんどないんちゃうやろかとすら思う。ほんまに、見える人も見えへん人も、おかげさまです、というよりも、こんなにもウラで働いてくれたはって、御苦労さまです(涙)やでぇ!

というわけで、拾得にきてくれはったみなさま、東京の2デイズに来てくれはったみなさま、重ね重ねありがとうございました。

この先のライブの予定は、なんも決まってへんけど、私は密かに今回の拾得で学んだことを胸に、しばらくは独り籠って(って、別に山奥とかにとちゃうけど(笑))日常のいろんな場面で修行を続けます。もっともっと、ラクになりたいから。

もっともっと、信頼を深めきって、もっともっと自分を手放したら、どんだけラクになることかというのの一端が見えたんやから。どんなに体調がボロボロで声すらでーへんでも、信頼が深まりさえすれば、どんだけ楽しめるかを実地で経験させてもろたんやから。

今度会うのいつになるかな〜。楽しみにしててや。(^^)




posted by 笹野みちる at 22:02| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月19日

ありがとう〜!&次は拾得!

ふわ〜、気がついたら東京2デイズが終わってから、もう3日も経ってしもてた。きょうちょばのブログに取り急ぎのお礼を書いて、パタっと日常に戻ってた。

今はまた静かな日常やけど、あの二日間はホンマに凝縮した、高揚した時間の連続やったなぁ。だけど、どっか力は抜けてて、ふんわりしてて。お客さんもニッコリしてこっち見てくれてて。ええ時間でした。ほんまにありがとう。日曜日の1000円ライブもやってよかったぁ…久しぶりの人も、初めての人も、すごい来てくれたもんなぁ。

そんで、また月末土曜には、再び熱く凝縮した時間がやってきます。
8/29(土)京都拾得、夜7時から。是非きてくださいね。

正直いうと、このライブの後は、あえて次の予定を立ててないんです。メンバーにワガママ言うて、来年の予定を白紙にしてもろたん。ていうても、もちろん「やめる」とか「解散」とかとちゃうしね。だって、きょうちょばは不滅やねんから(笑)。

「なんで!?」って話やけど、思いおこせば、私って15歳のときから、確実に年に何回かライブで歌を歌い続けてきてて、それは雨が降ろうと風が吹こうと、真っ暗闇の無風の中でも、不思議と途絶えずに続けてきてたんよね。

で、実は少し前から、自分の内側で「しばらく外向きの動きを止めたい」という気がしてきてたんやけど、ここに来てその声がすごく大きくなってきたん。「止まれ!」と言われている感じがしてきたん。

そんなわけで素直にメンバーに伝えたら、あっさり了承。またそのうちやりたくなったらやればええやん、って思ってくれてんにゃな。ほんまにありがたいわ。っていうか、私が超ワガママみたいな流れやけど、これは確かに(苦笑)。

その内側の詳しい理由は…ここで完全に説明しきれる自信がないので、やめときますけど、けっして昔みたいなウツだとか、あるいは「実は笹野は結婚していてコドモもいて子育てが忙しいらしい」とか、そういうのではなくて、(マジでそういうウワサがあるらしくてわろた!(爆))本当の気持ちを言えば人に呆れられるような、純粋に内面的な決意の問題です。ご心配いらんよ〜ホンマに。

むしろ、私は今、おかげさまで元気です。生まれてはじめて坦々と生きていくということの有り難味をかみしめる毎日です。そのことの奥に存在する深みに、しばらくはもっと潜って耳を澄ませていきたいな〜、と。まあ、そんな感じです。

てゆーても、もし今後、『ごきげんいかがですか はな子』がブレイクして紅白から誘いがかかったとか(^^;)、そういうときは絶対歌うし心配せんといて〜。(そこまでいかんでも、なんか特別なイベントとかにきょうちょばが誘われたりしたら喜んで演りまっせ〜…ちゅうか、紅白の誘いは蹴らへんし安心してや!>原田しゃっちょう(笑))

てなわけで、なんやちょっとややこしいようなこと書きましたが、一応、今度の29(土)の京都拾得は、私にとってはすごく大事なライブですねん。東京の二日間もめちゃくちゃ魂こめたけど、今度の京都はそれにも増して、もう…どうなるかわからへんから(笑)。

ほんなら、みなさん、お待ちしてますよってに。

ありがとー。


下の写真は、ベランダで植えた稲です。穂がでぇへんなぁと思ってたら、今日みっけた!!一本だけ出た!(笑)花咲いててんよ〜!(;;)



稲穂が出た!






posted by 笹野みちる at 23:22| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月16日

さあ、二日目や!

昨日のライブ、来てくれはった方、ありがとうございました。

結構遅く寝たんやけど、なぜか6時頃にピタっと目が覚めて、元気です。これ書いたら2度寝するかも(笑)。

昨日の感想は・・・まだ今日もあるからおいとこ。(^^)

二日目の今日は「1000円ライブ」。お昼の3時からです。

なんか、たぶん、昨日だけにしよかな、と思ってた人も、結構来てくれそうな気がする。

たぶん、すごい、いい空間になりそうな気がする。私もその空気の中で歌が歌えるであろうことが、めっちゃ楽しみや。

昨日は終戦記念日で、今日は大文字の送り火やったりするけど、今、この2009年の今日は、何を運んできてくれるんやろか。

それが願わくば、運ぶも何も、最初からそこにあった、ものすごく尊くてあたたかくて眩しいくらいの光に満ちたものに気付けることでありますように。

全ての錯覚が洗い流されるような、シャワーのような喜びが降り注ぎますように。


それでは、2度寝してから(笑)、今日も行ってきまーす!

吉祥寺でお会いしましょうね!


posted by 笹野みちる at 07:35| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月15日

来たでぇ。ライブやるで〜!

そんなわけで、世の中お盆の真っ只中ですが、
ライブ当日が、ついにやってきました〜!

吉祥寺スターパインズカフェで、8/15、16。
今日は夜からじっくり。
明日は昼から1000円で。

どちらも見に来てくれるとうれしいです。

今日の東京は久々にカーっと晴れて、夏っぽい、いい天気。
本当にきょうちょばのライブって、晴れるなぁ。

私は、この夏結構、泳ぐ機会に恵まれたので、
ちょっとだけ日焼けしています。

温泉で、2回、男の子(たぶん中学生以下)と間違えられて、
女子風呂に入ろうとするところを制止されました。
ちょっと髪の毛を切ったからって、いまだにこの現象に遭うとは・・・まあまあギネスもんやな。(^^;)
もはや自慢話。(笑)

夏休みの子どものような・・・セミの声のもと遊びまくって、
のびのび心の底から楽しんで、昼下がりにかき氷を食べて、
気持ちよくお昼寝するような、
そんな幸せなライブになればええな〜、と思ってます。

いくつになっても、いや、歳を重ねてこそ、
時々は大人の荷物を降ろして、無邪気に笑いたいですもんね。

・・・あ、もうこんな時間。はよスタパにいかな。
外は眩しくて、セミが暑そうに鳴いています。

では、お待ちしております!

ライブ詳細は、こちらをどうぞ!


posted by 笹野みちる at 14:20| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

「遊びにきいや!こらえどきは笑いどき!」〜京都町内会バンド夏のツアー前売り開始!!

京都町内会バンドの夏のツアーの前売り券が発売になった。

それなのに、この更新しなさっぷりはさすがにイカンやろ、と思い立ち、書き始めております。

詳しくは町内会のオフィシャルサイトの詳細を見てほしいけど、今回は東京・吉祥寺スターパインズカフェ8/15,16と京都・拾得8/29の2ヵ所。しかも、東京の二日目の方は、なんと日曜昼間の「1000円」ライブ。

日曜昼間で1000円のライブとあって、さっそく私のまわりでも、友人が親兄弟誘ってくれて、家族そろって見に来てくれることになったり・・・今までなかなか見てもらえる機会のなかった人達が、こぞって足を運んでくれそうな勢いやねん。必然的に、東京二日目は年齢層もかなりバラエティーに富みそうな感じ。

だから特別どうするということも多分ないけど、私個人の気持ちとしては、今まで以上に、心を全開にして、こっちもワクワクして準備してきた家庭料理を、初めてのお客さんにたっぷりおもてなしするような気持ちで歌えればな〜と思ったりしてます。「よう来てくれはったなぁ〜、食べて!食べて!」みたいな・・・けっして、「京のぶぶ漬け」みたいなことはせぇへんから、遠慮なく食べてって〜!と(笑)。

というのもね・・・まあ、なんかここ最近、自分が嬉しいなって思うことって、誰かがすごく素朴に「楽しそうに」してるとことか、誰かが心から「嬉しそうに」しているところを見ることやな、それ以上に嬉しいことってあんまりないなぁと思うのよね。逆から言うたら、別に自分は、必要以上に世間で楽しくなったり嬉しくなったりせんでもえーわ、誰かが幸せやったらええわ、と思うようになってきてんのよね。

なので、「自分のために歌を歌いたい」という気持ちが、ハッキリ言ってもうあんまりわからんの・・・なんか、もうええわ、十分やったわ、みたいな気持ちが正直あるねん(笑)。・・・とはいえ、上の段で書いたように、人が思いがけず、すごく幸せそうな表情を浮かべたときって、ああ、よかったなぁ、嬉しいなあ〜、と思うのんはホンマやのよ。

う〜ん、マジでここらへんの混乱っぷりが、私の今の正直なところというか、限界、ともいうべきか・・・ようわからんねん。

ようわからんのやけど、最近はそういうありのままの自分を、今の瞬間に投げ入れながら生きる、ということだけをやっているので、もうわからんなりに、夏のライブは、思いっきり楽しみたいと思ってんねん。なんや矛盾っぽい表現やけど(笑)。

だってさ・・・たとえば、って、考えてみるねん。

久々に会う友達が我が家に泊りに来ることになったとしたら。
友人達と一緒に初めての山に登ると決まったとしたら。
知り合いから「仕事の助っ人お願いできひんやろか」、って頼まれたとしたら。

結構、嬉しいと思うし、一生懸命ちゃんと準備をすると思うし、当日は精出して動くと思うし、みんなが楽しい気持ちになれたらええな!て思うわけやし・・・・そういう気持ちで、夏のライブもやろ!とだけ決めてんの。

細かいことは全くこれからやけど・・・そんなわけでこの夏は、ありのまま・心つるんつるんに全開にして、おもてなしするのを楽しみにしてます。
ホンマ、くつろいでもらいたいな〜。

三日間とも、お待ちしてまっせ!(^^)・・・準備せなっ!・・・自分もやけど、メンバーミーティングもエンジンかけなっ!(笑)





posted by 笹野みちる at 00:20| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月17日

ごぶさたしてました

いやいやどもども。ずいぶんとゴブサタしちゃいました。

「年明けから今まで、お前は何をしてたんや一体!?」 というカンジでしょうか。

一言で言えば、地道に淡々と生活してました。ただ、去年かなり外向きの動きを自分にけしかけ続けたせいか、今年に入ってからは、自分でもびっくりするぐらいベクトルが内向きになってるようです。かといって、ウツになってるわけではないですよ。ただ、静かな感じです。黙々と暮らす、それがとてもしっくり来ていて、何かを外向きに表現したいという気持ちが一切わかなかっただけなのでした(昔はそういうときに、ジタバタと焦ったり自分を責めたりしてたっけな…)。今は、ひたすら黙々と生きていられることに、じわりとした感謝を感じる毎日です。

そんなことを言うと、いかにも波一つなく悟りすましたようですが、心の内は全然違っていて、むしろ、「悟り」のことばかり気になって仕方がないという有様です。

「悟り」というのは何かというと、(そんなことは説明できないのですが…強いて言うなら)本当の自分は全てとひとつであり、「それ」以外には何もなく、ただ「それ」だけが最初から在る、ということを知る(思い出す)ことだと言われています。言い換えれば、今まで「自分」だと思っていたものは、本当の自分ではなく、「エゴ」という心の働きであったということが、すっかりわかるということだそうです。もひとつ言い換えると、今の今まで「現実」だと思っていたことは、全部「夢」だった。どうして今までこんなことがわからなかったんだろう? と、大笑いしてしまいそうに、当たり前のことに感じるんだそうです。・・・そのようなものにすごく憧れる、それを完全に知ってみたい、つまり「悟りを得たい」という気持ちを抱くことを、「求道心」「発心(ほっしん)」などといいます。

しかし一方で、「『悟りを得たい』と思っているうちは悟れない。それも『欲』なのだから。」と言われたりもします。「悟り」というのは、エゴが膨らます「欲」が全てなくなったときにしか訪れないとされているからです。

そうはいっても、「悟れへんうちは所詮、あらゆる『欲』から逃れられへんてゆうんなら、それは永遠の矛盾、パラドックスやわ!どーすりゃええねん!無理やわっ!!」ということに当然なるわけで、そこに「他力」という道が登場するのです。「修行」ではなく、「信仰」という在り方への変容です。自分からがむしゃらに探しにいくのではなく、与えられるのをただ受け取るわけです。

つまり、「求道心」「発心」という欲を携えたまま、悟りも心のクリーニングも「他力」に全てお任せして日々生きていこう、「必ず救う」と誓われた約束を信頼するだけでいい、というわけです。阿弥陀様とか、イエス・キリストとか、尊天とか、クリシュナとか、大光明とか、天使とか、守護神・守護霊とか、ホ・オポノポノとか、他力信仰の現れは色々あると思います。

私も今のところ、そのようなものに最終的にはお任せする気持ちで日々過ごしています。そのうえで、できるだけ瞑想したり、できるだけ一挙一動の「今ここ」に集中するようにしています。(できるだけ、ですけどね…気がついたらふと余計なことを考えてしまいます…「あ〜あ、まだまだ全然わからへん!もうイヤやわっ!!」、とか(笑)…そんでその都度「今ここ」に、という繰り返しです。)

なにはともあれ、私も、積極的な興味といえるものは、本音を言えばそこにしかないし(発心・求道心の強さと言う点からだけ見たら、確実に10年前よりも強まっているなあと感じます)、そういうことが内面のほとんどを占めている生活というのは、本当に幸せなことだなあと思います。ネット上を見渡してみても、一宗教の教義を超えて、体験としての悟りや気づきについて丁寧にメッセージを送ったり、アドバイスをされているブログやBBSがいっぱいあるんですよね。本当に最近、時代が変わってきているんだなあと思います。

超能力などを得て、全てを思い通りにしてみたいというようなことではなく、ただひたすら、「ひとつ」であり、全ては「それ」で、私もあなたも「同じでひとつ」で、最初から「それ」だったということを腹の底から感じてみたい、という感性は、今はもう何も特別なことではないのだと思います。

そして当然といえば当然なのでしょうが、「それ」を悟ると、「ほんとうの自由」を経験するんだそうです。だって、それしかないんだから、制限がないのですから。・・・あ〜あ、早く自由になりたい。尾崎豊みたいだけど。

でも、自由への扉は、どこか他所や未来にあるのではなく、「今ここ」・・・自分のエゴが感じる現状がたとえどういうものであろうとも・・・「今ここ」にしかない、ということだけは、信じているつもりです。信じてはいるけれど、完全に「知っている」わけではないのが、もどかしいのですけど。だって、もし「知る」ことが出来たら、又聞きではなく、必要としている誰かに伝えられるんだもんね。

既に今ここに「それ」が「在る」のは絶対なのに、自分が気がつかないだけ!なんてねぇ。本当に、なんてもどかしいことでしょう!・・・だから私は、悟りを得るまでは、絶対、自分からは死にません!(笑)


ホントに、自分から死ななくてもいいんですよ〜。

 ・・・って、本当に伝えられたらいいのに。(涙)


そんなわけで、私は日々、淡々と、黙々とやってます。

みなさんは、どうですか?





posted by 笹野みちる at 22:29| 東京 🌁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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