2011年05月18日

〈内在〉的事情と〈超越〉的事情

あかん。「あたたかい気持ちで居続けよう」とか書いたくせに、もう、ウツになりそうやわ。ウツには10年以上前にずいぶん悩まされて、もうあんな日々はこりごりやわと思ってたけど、今の世の中の現実が、あの頃の個人的なウツ事情をはるかに凌駕してしまうほど深刻で暗澹たる状態なんやもん。

そう。多少の募金はしたよ。だけど、私が津波で流されたわけでもない。放射能汚染は確かに人ごとではないけど、強制避難区域に住んでいるわけでもない。そんな立場であっても、原発のことは3.11以降、最初っから気になって気になって仕方がなかった。とにかく、結構な情報をインプットして勉強した。そして、色々考えさせられて、考えが追いつかなくて、直感レベルではもちろん沸々と何かが内面で燃えてるんやけど、左脳が追いつかなくて言語化できず、もんもんとしてるうちに、若干ウツっぽくなってたけど、今日、宮台センセの文章読んで、ものすご雲がサ〜っと晴れわたって、元気になった。そんで、私のこういうときの判断材料なんやけど、文章や発言や人のたたずまいを見て涙が出てくるかどうか、というので言ったら、やっぱり最後の方の文章でウル〜っと涙腺がお緩みになったから、これは真実やと思う。(って、ものすご説得力ないかもしれんねゴメンナサイ!)

宮台センセは、実は私、80年代から結構ファンで、大学のときのゼミの教授が宮台センセのちょっと先輩やったりして、大昔にラジオでちょっとだけしゃべったこともあるんやけど、ホンマに「あ〜、これは一体なんや!この問題のそもそもの背景には何があんのや!?」と、溶けない「問題の本質」という飴を口のなかでグリグリ必死で舐めまわしているようなときに、大抵「おおおお、そうそう!そうやったんか!!」と、目からウロコが落ちることを言うてくれはる。

で、その文章はコチラ(宮台センセのぶろぐ)。むちゃ長いけど、飴が溶けなくて苦しい人は是非読んでみて。『マル激・原発篇』の「あとがき」らしいです。


ちょっと今、時間なくて自分メモっぽいけど、こんなかに出てくる、次の2か所で私は涙した。

●〈内在〉を前に〈超越〉はいつも頓挫する

●我が国が行政官僚制肥大を克服できない理由は、単に行政官僚が政治家よりも頭が良いからとか強いからという話でなく、我々自身に、関係性内部での立ち位置ばかり気にして真理性や合理性を優越させない〈悪い心の習慣〉があり、それによって〈悪い共同体〉を営むからだ。


あー、ぜひこの前後の文脈をしっかり読んでみてほしい。

「気楽」な立場のもんが、せめても今、やらなあかんことは何なのか、ということが、しっかり書いてある。やっぱり、ホ・オポノポノやないけど、「ごめんなさい・赦してください・ありがとう・愛しています」と、いうことから始めるしかない!!(限りなく意味不明やったらすんません)


posted by 笹野みちる at 18:28| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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