2011年04月12日

“One Love”

震災から一ヶ月の今日、またしてもグラグラと余震頻発。まるで日本の大地が喘ぎ、もんどりを打ち、のたうちまわってるんちゃうやろかという気がしてくる。どうかどうか、お鎮まりください、お怒りをおおさめください、と、ひれ伏して祈りたくなる。どうすれば、このお怒りが鎮まるのか真剣に考えねば、という古代人のような(いや、せいぜい150年前ぐらいの人々ですらそうやったかも)焦りの気持ちが湧く。

飯舘村のこと、気になる。30km圏外で安全と言われ続けてたにも関らず、放射能が高数値になっていた場所。ツイッター上では「せめて早く妊婦さんと子ども達だけは逃げて!」と、心配する声がずっと上がってたのに、政府による具体的な動きが全くとられなかった。そこへようやく政府が全村を計画避難区域に指定。一月以内を目安に逃げろ、と。

それに対する、地域の人々の反応が、あまりにも引き裂かれていて、辛い。「どうして今頃?安全安全と言ってたのに!政府に裏切られた!生活の基盤が壊れるので動けない」、という声が上がっていると言う。目に見えない、すぐには感じられない放射能の性質が憎らしい。

京大原子炉実験所の小出先生が講演会で言うてた。自分は原子力の専門家として、実際に放射能汚染の危険が及んでいる地域の人々に対して「家と土地と愛する故郷を捨てて早く出て行け!」と言わざるを得ない立場にある。だけどそれは、そこに根付いて生きてきた人達の幸せを根こそぎ奪うという宣告であり、かといって、それを言わないと見殺しにしてしまうに等しくなる。つまり、原発というのはそういう理不尽を内包しているものなのだ。だから自分は原子力の専門家として、こういう悲劇を生む原発に、反対しなければならない、と。

そんで、そのことにようやく今回のことで気付かされた人たちが、ものすごい増えてきたんやと思う。昨日の高円寺の「原発やめろデモ」に集まってきた15,000もの人たちも、そんな中の一部やと思う。ホンマに行ってよかった。おびただしい人の群れなんやけど、完全に個人個人で集まってきただけ、と思われる多様多様な感じ。実際に参加してみて感じたけど、この自然発生した人々のエネルギーはホンモノやと思った。

私がたまたま歩いていた少し後ろに、ギターを引きながら歩いているおにいちゃんがいて、ボブ・マーリィの“One Love”をずっと替え歌で弾き語ってた。「わんら〜ぶ、わんはぁ〜と、げんぱぁついらない、ふぃ〜るおぉ〜らいと」「わんら〜ぶ、わんはぁ〜と、い〜のちぃ〜をまぁもろう、ふぃ〜るおぉ〜らいと」の繰り返しがだんだん周りの人にも伝播してきて、思い思いにコーラスをつけてリフレイン。そのうち太鼓が加わったりしはじめて、私も山登りの熊除け鈴を振り始めて、その一帯が歌あり楽器ありのええ感じのアンサンブルを奏ではじめ、それでず〜〜〜っと3時間行進することになった。私らのすぐ後ろはまた全然違うテンションで、シュプレヒコールを繰り返している一群やったから、個人的には「ああ、たまたまボブ・マーリィのおにいちゃんの近くにいてよかったぁ♪」と思いながら歌い歩いていた。

だんだんあたりも暗くなってきたけど、歌はず〜っと繰り返された。途中でおにいちゃんのギターの弦が一本切れてしもたけど、残りの弦をかき鳴らしながら歌は続けられた。デモの人数がとてつもなかったこともあって、しょっちゅう歩みは止められて、めっちゃ時間がかかったけど、誰も列を離れようとした人はおらんかった。とにかく、歌い続けた。こんなに休憩なしに歌うたったんは私も初めてかもしれん。

歌っている人たちの顔に、どんどん幸せそうな笑顔が浮かんできてるのに気付いたときは、思わずウルっときてしもた。みんなちょっと前までは見ず知らずの人たちやったのに、こんなに気持ちがひとつになって“One Love”を最高の笑顔で歌い続けてる・・・どっぷり夜になって、高円寺の駅前に辿りつき、ようやく曲がしめられてジャカジャカジャカ〜っと盛り上がり、幸せな気持ちでさらっと解散してんけどね。ほんまに、みんなただ歌ってただけで、ことさら会話もなかったけど、ものすごい愛に溢れた素晴らしいデモ行進やったと思う。

帰ってきて、あらためて“One Love”の日本語訳を見てみたけど、めちゃくちゃ深くて、まさに今この時代に突き刺さる内容やったのね。そこまでとは知らんかった。びっくりしたわ。・・・ボブ・マーリィ、ありがとう。

posted by 笹野みちる at 02:54| 東京 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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