2011年09月12日

9.11と、トランジション・タウン

昨日は、震災からちょうど半年の9.11やった。同時に、NYのあの日からちょうど10年。どちらの記憶も生々しく頭を去来する一日。東京では新宿とか経産省のまわりとかで、かなり大規模の脱原発デモが開催されててんけど、私は一日家にいて、ちょっと勉強せんとあかん本を朝から晩まで寝っ転がりながら読んでた。ちょくちょく気にはしてたんやけど、新宿は一万人規模のものすごい盛り上がりやったらしい。しかも、警察がかなり横暴やったみたいで、理不尽ともいえる逮捕が相次いだ様子。別に、デモ隊の様子は私が参加した高円寺のデモのときと変わりない感じで、50年代の反核デモのときや、60年代の安保闘争のときみたいな「左翼過激派」の扇動とか全くあらへん。明確なイデオロギーをもって社会転覆を計画してるなんてノリじゃなく、ほんまに3.11と原発事故のせいで、否応なく現実に目覚めた人たちの集合体ができあがってるだけ。にも関わらず、いわゆる“体制側”の空気がピリピリしはじめてる。まあつまり、共産主義や資本主義とかの「頭で考えた(妄想した)主義=イデオロギー」でなく、地球や自然に感謝して身の丈でリアルに暮らせる幸せな社会を作っていきたい!と思った人たちが、一人一人目覚め始めただけ。そういう力があれよあれよと盛り上がってきて、全く新しい、本物の過渡期が始まってるということなんやろう。

「幸福=富や自由の追求」という妄想に追い立てられたあげく、お金に振り回されたり権力に脅かされたりする社会に暮らすのはもうこりごり、と思ったとして、じゃあ、実際に、何をしていけば我々はホンマに幸せな社会に住めるんやろう?ということになるんやけど、これが、しらんまに、あっちこっちで、それこそものすご地味〜に地道に、草の根のごとく始まってきてる動きがある。それこそ私も、知識としてはぼんやり知ってたけど、実際にその場に足を運び始めたのはここ一ヶ月ぐらいやねんけどね。原発の問題から始まって、自然にそこにアクセスしてきてる人も増えてるんちゃうかな。

それはどういう動きかというと、「トランジション・タウン」というもの。Transition、ってつまり、「移行」。間違ったらあかんのは、どっかの別天地にユートピアをドカーンと作るんやなくて、自分らが住んでる町で、そこの場で、じわじわとその在り方へと「移行」させていくっちゅーこと。

トランジションタウンのちゃんとした説明は、「NPO法人トランジション・ジャパン」に詳しいけど、ようするに、私が思いきって自己流に説明しなおすと(これがかなり意訳しがちやけど(苦笑))、ようは原発や石油とかにガンガン依存したエネルギー浪費型の社会なんちゅーもんは、どっちにしてもいずれ必ず「ムリ」が来るし、自分らも結局その中で幸せかっちゅーと、どうも「ムリ」してきたし(経済成長の頭打ちの現実&日本の自殺率の上昇や鬱病の増え方見て!)、結局、「原発」に象徴される中央集権型・エネルギーじゃぶじゃぶ経済成長至上主義の結果、「右肩あがりで地球も生命もボロボロ」になる前に、ホンマの幸せな社会や生き方ってなんやったっけ?というのを虚心坦懐に見つめ直してみたら、必然的に、「ムリすんのは疲れるわ」と気づいて、身の丈重視=地域重視になって、自分の町で有機野菜作って、自分らで食べたいな、ってなったり、エネルギーも自分らの町で自給して、自分らで使えるぶんだけでなるべく生活したらええやん、ってなって「地域分散型再生可能エネルギー」とか考え始めたり、なんか、みんなでゆる〜く、いっしょに生活する方が楽しいんちゃうかいな、とかなっていって、「コレクティブ・ハウス」とか「長屋暮らし」とかになったり、結局、「お金」があるから、お金に縛られたり借金したり投機に走ったりとかややこしいし、いっそ「お金」やめてみよか、ってなって、地域でしか流通しない「地域通貨」(完全に、「通貨」すらない、赤字も全然OKな「通帳型」という画期的なものさえ始まってる!藤野の地域通貨、「」参照。)ってのを作ったりとか・・・結局、「右肩あがりから、ゆるぅ〜く降りていく」ということを、自分らのリアルな生活レベルで色々試行錯誤して実践していったら、必然的にそれが「持続可能な社会」になるんちゃうの?ってことなんやと理解してんねんけど。そういう生き方って、「もっともっと」じゃなくて「足るを知る」っていうのがベースにあるんやろけど、結果的にその方が、なんぼか生活が創造的でワクワクすることが多くて、地域のいろんな人ともコミュニケーションが生まれて、あったかい空気になるんやな!ってことを、実践しはじめてる人たちが、その「良さ」にどんどん気づきだして発信してきてくれてんのよね。

私が実際に、その「良さ」を感じたのは、ついこないだ、地域のいわゆる「市民派」の市会議員さんが開催した勉強会みたいなもんに初めて参加したときやった。開催場所は、その人の事務所というか集会所で、10人以上入ったらめいっぱい、っていう、それはそれはこじんまりとした場所。そこに、地域のトランジション・タウンの代表やってる人をゲストで招いて、「トランジション・タウン」ってもんをみんなで勉強しよう!というミニ講演会が開かれたっちゅーわけ。

実は、日本のトランジションのメッカな感じになってる、藤野の「ひかり祭り」というのにちょっと前にいったことはあったけど、地域のトランジションの集まりに顔を出したんは初めて。市会議員さんの事務所なんてもんに顔を出したんも初めてやし(親が国会議員をやってたころは、否応なく出入りせざるをえんかったけど(爆))、いったい、そこで話されるテーマとか雰囲気とかって、どんな感じなんやろう?と、ワクワクして見に行ったわけ。

んで、ホンマに想像を絶する驚きと感動があったんよこれが。

トランジションに取り組んでるゲストスピーカーに呼ばれたんは、おっちゃん二人。一人は外国人のおっちゃん、一人は日本人。

時間にちょっとだけ遅れて、引き戸のガラス戸を開けて入ってみると、すでに狭い部屋の大きな机のまわりにぐるりと椅子がおいてあり、ほぼ人いっぱい。机の上にはいろんなチラシがいっぱいおいてあって、議員さんが(この人が、まったく議員ぽくない雰囲気で、どっちかというと、かなり“空気”な感じの人)イソイソと動いて、コーヒーや麦茶や、お茶菓子を運んでくれてるとこやった。部屋の中は一応クーラーがあるけど、たぶん全然効いてなくて、めっちゃ暑い。団扇がいっぱいあって、一人一人に配られて、それぞれ顔の前でパタパタしてる。

参加メンバーは、もともとトランジション・タウンに参加しているメンバー数人と、議員さんを(たぶん古くから)応援してるおばちゃん達数人。そして、ゲストスピーカーの外国人のおっちゃんは何をしてるかというと、用意してきたパワーポイントのレジュメがプロジェクターにうまくうつらなくて、スタッフみたいな人とあーだこーだパソコンいじってずっと奥の一段あがった部屋でがんばってる。その間に、なんとなくヌルっともう一人のおっちゃんの話がはじまった。

このおっちゃんの話ぶりも、ものすごく優しい雰囲気でわかりやすい。そうこうしてるうちに、無事にプロジェクターも再生されて、メインの外国人のおっちゃんの話がはじまった。今日の話は、トランジション・タウンというものを、ひとつの「料理」に見立てて、それをおいしく作るための、「60の材料」という切り口で、トランジション・タウンを成り立たせるために不可欠な要素をザザーっと60個、羅列的に紹介する、というものだった。

・・・が、始まってみると、この外国人のおっちゃんの日本語が、かなり訥々としていて(日本に住んでる年数はかなり長いみたいやねんけど)、なかなかサクサクと前には進まない。進まないのだけれど、けっしてイヤな感じではなく、とってもマイペースで、ときどき天然に「おちゃめ」で、たまに漢字が読めないと、詰まって「・・・」となるけど、日本人のおっちゃんがフォローを入れて次に進む、というほほえましさ。そして、次第に、ある「現象」が起こってきたのだった。

おっちゃん二人の醸し出すユルさも手伝ったのかもしれんけど、一部のおばちゃん達が、思いっきり「私語」を始めた。一方、スピーカーのおっちゃんが話している途中でも、おかまいなく、あいづち的なしゃべりや質問を投げかけるおばちゃんも出てくる。一人のおばちゃんが持論を展開しはじめると、それに呼応して、別のおばちゃん達も生活上の実感を語り始める。

その間、スピーカーのおっちゃん達ふたりは、なんの困惑の表情も浮かべず、じっとそのおばちゃん達の話に耳を傾けている。そして、どんどん「60の材料」から話はそれていき、ちょっと専門的な領域に質問がおよぶと、その外国人のおっちゃんは、そこに詳しい若いおにいちゃんに話をふる。そうすると、それまでずっと寡黙に下を向いていたそのおにいちゃんが、少し謙遜しながら、とっても理路整然とわかりやすい話をはじめる。すると今度は、その説明の中の「一単語」にひっかかったおばちゃんが、やおら異議を唱え出し、その「一単語」(これはいわゆる「差別用語」ってわけでもなく、むしろ、差別用語を見直すところで使われ始めた単語であるのだが)を全身で否定にかかる。もはやそれはその日の講演の本筋とはまた別の領域の話。その間も、外国人のスピーカーのおっちゃんは自然体で話を聞いている。説明をふられたおにいちゃんも、なんら感情的になることなく、受け入れて話を終える。

ようやく話が「トランジションの材料」に戻り、レジュメが一つ進む。進むとそこでまた、応援団のおばちゃん(昔から反原発運動に関わってきたはったらしい)が、突然、「原発がなくても電気は足りる、ということを、客観的に世の中にきちっと説明していってほしい!」、などと言い出して、それに対して「そういうのなら、ユーチューブで今いろいろありますよ」などと対応すると、「私もそれぐらいは知ってますけど、世間は知らないでしょ?」などという話になって、またまたトランジションの話からどんどんずれていっているように思われる・・・が、外国人のおっちゃんは、またフムフムと、聞いている。

そして、よくよく観察してみると、その場にいる男達は、ゲストスピーカーの二人を含め総勢4名だけで、あとは全員、女。その中で、話をものすごくややこしくしているのは、明らかにおばちゃん達で、一応、ファシリテーターであるところの議員さん(この人も女性!)が、何度か「あのぉ、今日はトランジション・タウンの勉強会で・・・」と、軌道修正を試みようとしても、おばちゃん達はどこ吹く風で、「自分の知っていること」に基づいた、講演の流れとは直接関係のない話を繰り出しまくっているという状態。それがほとんど最後まで続き、結局、「トランジション・タウンの60の材料」のうち、28ぐらいしか進まなくて時間切れとなってしまった。はっきりいって、勉強会としてはワヤクチャのむちゃくちゃ。ほとんど、おばちゃん達による「学級崩壊」であった。議員さんも「まあ、なんとか半分まできたってことで、残りの半分は、次の機会でってことで、よろしくお願いします」と、その場をユルく和やかにしめて、終わった。・・・私は、最後はほとんど感動の渦に包まれていた。

なぜかというと、結局最後までそこに居合わせた男達から、なんら「抑圧的」な言動が発せられなかったからだ。ゲストスピーカー二人からはもちろん、それ以外の二人の男性参加者も、最初っから最後まで、徹底的に「受容的」な空気しか発していない。おばちゃん達だけがのびのびと逸脱を繰り返し、最後にはそのうちの一人が「自分の庭でゴーヤが採れすぎたから、みんな持ってかえってね!」と、袋にがっさり入ったゴーヤがドンと机に出され、皆に配られた。

・・・私は、トランジション・タウンをやっていこう、ということは、こういうことなんやな、というのが、どんな説明にもまして、完全に肌でわかった。

中央集権的でなく、目的指向的でなく、急がず、多様性を認めて、地域の自治と自律を大事にして、ということのひとつのプロセスが、目の当たりにそこにあった。なんとなく、次世代的でカッコヨサソウな響きすらしはじめている「トランジション」的なことの実際は、こういうことなんや、こういうある意味での「不器用さ」みたいなものを、「おもしろい!」と、受け入れ続けていける感性というものこそが、トランジションの基本なんやな、というのを理解できたような気がした。

ごく身近な近所には、話のきけへんおばちゃんもいれば、抑圧的なおっちゃんや、年寄りもわからずやも、何も物を知らん若者もいるかもしれん。それをお互いに排除せず、あるがままに受容しつつ、その中でゆっくりと自然に次の動きが生まれていくのを楽しめる感覚。これは、なかなか既存の社会の中ではありえへんかったもんやと思う。時間に追われて、あせって、結果次第で生きるか死ぬかみたいなところに巻き込まれて、数の論理でごり押しして恫喝して黙らせてきたような社会とはほど遠い在り方。そういうのんにほとほと疲れ果てて、別の生き方を完全に指向してる男達もいるんや、というのも実感できたし、何はともあれ、女達が一番元気やったのも、うれしかったしね。

・・・あ、それで、トランジション・タウンのひとつの目玉でもある「地域通貨」ってものについても、ものすごくおもしろい気づきがあってんけど、長くなりすぎたんで、その話はまた次にでも。





posted by 笹野みちる at 20:10| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。